
夏が終わった。
あれほど騒がしかった森から、いつの間にか声が消えていた。
一匹、また一匹と仲間はいなくなり、気がつけば、木にしがみついているのは自分だけだった。
秋が過ぎ、冷たい風が吹くようになった。
そして、雪が降った。
セミが生きる季節ではない。
羽には雪が積もり、足は凍える。
もう鳴いても、返事をする仲間はいない。
それでも、一匹のセミは木から離れなかった。
誰かに褒めてもらうためでもない。
誰かに見てもらうためでもない。
ただ、残された命を使い切るように、今日を生きていた。
若い頃、年を取ることは「足し算」だと思っていた。
できることが増える。
知っていることが増える。
仲間が増える。
夢が増える。
けれど、あるところから人生は、少しずつ引き算になっていく。
若さを失う。
体力を失う。
できたことが、できなくなる。
そして何より――
昨日まで隣にいた仲間を今日は見ることができなくなった。
しかし失い続けても『絶望』ではなく『感謝』がやってきた。
あの人が迎えたかった朝を、私は迎えている。
あの人がもう一度見たかった空を、私は見ている。
あの人が生きたかった一日を、私は今日、生きている。
残ったものの価値は、むしろ大きくなっていくのだ。
あとどれだけ時間があるのかなど、誰にも分らない。
でも歩き続けよう。
誰かの役に立てるなら。
春を見られるかなど、分からない。
でも、それでいい。
自分に与えられた命を使い切る。
なぜなら――
今日は、仲間が生きたかった明日だから。
それが、先に逝った仲間から託された「今日」を生きることだと思うから。
