カテゴリー別アーカイブ: 時事情報

国際問題、国内問題等の分析

自由を求めるほど、不自由になる人たち

時事情報

「不幸になる人」には、いくつか共通する思考パターンがあると指摘されています。 心理的な観点では、これらはしばしば「不幸の三原則」や「被害者ポジション」として説明されます。 まず「不幸の三原則」とは、次の三つです。 ①「責任転嫁」:    自分の問題を、周囲や環境(親・会社・他人)に帰する姿勢 ② 「自己憐憫」:    自分を被害者と捉え、改善の努力を手放す姿勢 ③ 「依存心」:    「誰かが何とかしてくれる」と期待し、自ら変わることを避ける姿勢 また「被害者ポジション」とは、「自分は悪くない、他人が悪い」と捉え、 弱者であることによって同情や支持を得ようとする状態を指します。 これらの傾向が重なると、 「自分は被害者だから助けられるべきだ」という思考に陥りやすくなります。 その結果、周囲からの共感を得ることに意識が向き、問題の本質的な解決からは遠ざかってしまうことがあります。 ________________________________________ 「近代リベラリズム的な価値観」を強く重視する場合、こうした傾向と重なりやすいという見方もあります。 よく議論になるのが「社会的弱者の保護」「格差是正」「平等の重視」「多様性(ジェンダー・人種など)尊重」ですね。 物事を「加害者」と「被害者」という構図で捉え、社会構造への問題意識を強く持つこと自体は意義があるのだと思いますが、 こうした活動を続けていくうちに、「自分の状況は社会によるものだ」という認識に偏りやすくなります。 また、「理性は生まれながらに備わり、自由も与えられている」という前提を強調しすぎると、 内面的な成長や自己鍛錬の重要性が相対的に軽視される傾向が生まれます。 さらに、道徳・宗教・伝統といった枠組みからの解放を重視するあまり、 結果として ・自己中心的な判断 ・過度な自己主張 ・他者への配慮の不足 といった行動につながりやすくなります。 ________________________________________ このように近代リベラリズム的な思考が強まると、 「なぜ自分だけがうまくいかないのか」「自分は悪くない」といった認識が生まれやすくなりますが、 その結果として、 ・原因を外部に求め続ける ・自分を被害者として位置づける ・不満や怒りが蓄積する ・自らの在り方を顧みない といった思考が常態化する可能性があります。 こうした考え方は短期的には自己正当化によって心が守られる面もあります。 しかし、長期的には自己省察の機会が減り、状況を自ら改善する力が育ちにくくなります。 また、「他責」や「怒り」を前提としたコミュニケーションは、 信頼関係の構築を難しくし、人間関係の摩擦や孤立を招くことが多いです。 さらに、慢性的な「不満」や「怒り」は、精神的・身体的な負担となり、ストレスを増大させる要因にもなることでしょう。 ________________________________________ リベラリズム的な価値観そのものには意義があるのでしょう。 ただ、その思考習慣が強まっていくと ・外部要因への過度な依存 ・自己成長の停滞 ・人間関係の悪化 ・慢性的なストレス といった課題につながる可能性も否定できません。 そのため、「自分自身の在り方や行動を見つめ直す視点」を持ちつつ、 特定の価値観に偏りすぎないバランスが重要だといえるでしょう。 ※重要なのは思想ではなく、現場でどのような行動として現れるかです。 主体変容(しゅたいへんよう): 周囲や状況に不満を抱くのではなく、まず自分自身の姿勢や行動を変える(気づく)ことに集中し、その結果として相手に良い影響を与える手法 松下幸之助氏の教えとして知られる 続きを読む

成長を求める人ほど、リベラリズムに違和感を抱く理由

その他

https://youtu.be/2sA8coylF8A?si=SW83T3RFx3hB6VjW 儒教・武士道 vs 近代リベラリズム ──その選択が人生の質を決める。 「近代リベラリズム」とは、 個人の選択と寛容を重視する、主に欧米で発展した現代的な価値観です。 一方、日本では古くから儒教や武士道といった思想が重視されてきました。 もしあなたが「人間的な成熟そのものに価値を感じる人」であるならば、 近代リベラリズムとは距離を取った方がよいかもしれません。 理由は単純です。 両者は、そもそも目指している社会像が異なるからです。 儒教や武士道が目指すのは、 「社会の成熟」です。 そこでは人は学びと修養によって内面を高め、 ルールへの依存を減らしていくことが理想とされます。 一方、近代リベラリズムが目指すのは、 「ルールによって多様な個人を調整する社会」です。 価値観の成熟度に関わらず、 誰もが自由に生きられることを前提としています。 これから、その違いを順を追って整理します。 ________________________________________ 成長を望む人だけが違和感を抱く、  この社会の構造 実はリベラリズムは1970年代以降、大きく性質を変えてきました。 それまでの道徳・宗教・伝統・常識といった枠組みからの解放が強く主張されるようになったのです。 この「解放」の対象には、儒教や武士道も当然含まれます。 両者の根本的な違いは、「理性」と「自由」の捉え方にあります。 本能や衝動のままではなく、 理性によって自己を制御すべきだという点は共通しています。 しかし、その「理性」の理解が異なります。 ________________________________________ 近代リベラリズムでは、 「理性はすでに人間に備わっているもの」と考えます。 つまり、教育や修養によって新たに作り上げるものではないということです。 また「自由」も、 生まれながらに個人に与えられた権利として捉えられます。 つまり、人は誰でも基本的にそのままで合理的判断が可能であり、 社会はその自由な選択を尊重してあげ、 もし衝突したときはルールで調整するべきだという発想です。 ________________________________________ 一方、儒教や武士道ではまったく異なる前提に立ちます。 理性は先天的なものではなく、 学びと実践の積み重ねによって形成されるものと考えるのです。 また、人生の中で哲学や正しい「知」を学び、 それを日常の行動として実践し続けることで、 人格は徐々に完成へと近づくとされます。 この意味で、人間は「未完成の存在」であり、 成長の余地そのものが本質です。 そして、「自由」も、生まれながらに与えられるものではありません。 人との関係性の中で育まれ、 内面的な成熟によって初めて成立するものと考えられています。 ________________________________________ さらに重要な違いとして、「人生のゴール」の扱いがあります。 儒教や武士道には、 多くの人が共有すべき人生目標(理想的な生き方や到達点)が存在します。 それは人格の完成や徳の涵養といった方向性です。 対して近代リベラリズムには、 全員に共通する単一の人生目標は存在しません。 それぞれが自分の人生の目的を自由に設定し、 選び直しながら生きていくことが前提となります。 そして、 社会の役割は、 その選択を可能にする制度を整えることにあります。 ________________________________________ ここで一つの見方として、次のように整理できます。 儒教・武士道では、 理性は「後天的に鍛えられる未完成のもの」です。 近代リベラリズムでは、 理性は「すでに備わった完成済みの能力」として扱われます。 この違いは、人間観そのものの差です。。 ________________________________________ たとえば教育の現場では、こんな指摘があります。 子どもは天使のようだと言われることがあるが、実際にはそうではない。 むしろ非常に自己中心的で、 抑制がなければ行動は容易に暴走する。 子どもは成長の過程で、他者との関係を通じて徐々に自己中心性を克服し、 配慮や共感を学んでいきます。 つまり、人間は最初から成熟しているのではなく、 関係性と経験を通じて成熟していく存在なのです。 ________________________________________ この視点に立つと、近代リベラリズムの特徴も見えてきます。 それは、 道徳や伝統といった外部からの価値観を強制的に押しつけることを避け、 「個人の自由な選択」を最大限尊重するということ。 ただしその前提として、 経験や年齢に関係なく 「人間はすでに理性的である」という理解があります。 一方、儒教や武士道の立場から見れば、 人間は関係性の中でこそ成熟していく存在です。 そのため、「自由」もまた単なる放任ではなく、 成熟した人格によって支えられるべきものとされます。 ________________________________________ 実際のところ、現実の社会では、 他者への配慮を欠いた行動や過度な自己主張は、 人間関係の断絶や孤立を招くことがあります。 信頼関係は一方的に成り立つものではなく、 相互の節度や敬意によって維持されるからです。 こうした社会に対し、近代リベラリズムは、寛容を求めます。 前提として、人間の欲望や価値観は多様なものだとして、 それを完全に統一することは不可能であると考えているのです。 そのため、道徳ではなく 法や制度によって衝突を最小化する方向に重点を置きます。 つまり、内面は自由に委ね、 外部だけをルールで制御するという設計です。 ________________________________________ ここまでを整理すると、次のように言えます。 儒教・武士道は 「人間は成熟すべき存在」と捉え、 その成長を中心に社会を設計します。 近代リベラリズムは 「人間は多様で未完成であることを前提」に、 その共存方法として制度を設計します。 ________________________________________ 自由か、成熟か           ─近代リベラリズムと東洋思想の分岐点 最初に述べた表現に戻ると、 儒教・武士道は 「社会を大人化する思想」。 内面的成長を通じて調和を目指す。 近代リベラリズムは 「未成熟な個人同士を制度で調整する思想」。 多様性を前提にルールで共存を図る、という対比になります。 この違いが、両者の根本的な立ち位置の差です。 もちろん本来のリベラリズムには、「権力の暴走を防ぐ」・「少数者保護」といった強みがあります。 ですから、それを公平に扱わないのはフェアではありません。 しかし、残念なのは、その強み自体が権力者のために政治利用されている側面があるということです。 例えば、多数決を基本とする「民主主義」の破壊。 わずか数パーセントの人達の利益を守るために、 多数派である人たちの安全や健康を傷つけるような政策が次から次へと行われています。 このように、近代リベラリズムは、 現時点では矛盾が多く、完成された理論だとは思えません。 もしあなたが「人間的な成熟そのものに価値を感じる人」であるならば、 近代リベラリズムとは距離を取った方がよいのかもしれません。 続きを読む

その自由、本当にあなたを幸せにしていますか?

時事情報

人は誰でも、物質的にも精神的にも幸せになることを望みます。 そのために必要な生き方を選ぶのです。 そこでよく選ばれてきたのが「リベラリズム」。 個人の選択や寛容さを大切にするという、現代で重要だとされる価値観です。 ただ、この場合、「個人の自由」を重視しすぎることで、 周りの人に迷惑をかける人が往々にして現れます。 そのため、「自分勝手」「わがまま」と受け取られてしまう場面が多いのです。 しかしながら、リベラリズムの起源の「自由」は、 “何をしてもよい”ではなく、 規範の中で自らを律する力だったのです。 17世紀、ピューリタニズムが重視した自由は、「神に服従する自由」。 「外的な支配からの解放(暴政からの自由)」と 「内的な規律(信仰への服従)」がセットになっていたからです。 ところが、1970年代以降、それが大きく変容しました。 道徳・宗教・伝統・常識といった枠組みからの解放が強く主張されるようになったからです。 その結果として、目立つようになったのが、 ・自分本位な判断 ・強すぎる自己主張 ・他人への配慮不足 です。 そうなると当然の帰結として、 この考え方で生きる人は、 社会的な役割や 他者との関係性を失っていくことになります。 しかし当人からすれば、これは本末転倒のはずです。 幸せになるためにこの価値観を選んだにもかかわらず、 結果として不幸に近づいてしまっているからです。 そこでご提案です。 もう一度、リベラリズムの原点に立ち返ってみませんか? 本来の「自由」とは、 生まれながらに与えられているものではなく、 人との関係の中で生まれてくるもの。 だからこそ、真に自由になるためには「内面的な成熟」が必要なのです。 人との関係の中で、適切な距離感を見つける力が求められるからです。 ここで少し考えてみてください。 現代のリベラリズムは、 「何かから自由になりたい」という発想に終始しています。 しかし、求めても、求めても自由は手に入りません。 なぜなら、「内的な規律」がないため ひとつの制約から解放されても、 また別の制約が生まれるだけで、際限がないからです。 つまり、もたらされる未来は『永遠に奴隷であり続けること』。 奴隷とは、自由がなく、常に解放を求め続ける存在なのだから。 続きを読む

日本のマスコミは、調べれば分かるウソを平気で流す

時事情報

日本のマスコミは、調べれば分かるウソを平気で流す。 象徴的なのが『ロシアが最初にウクライナに手を出した』という話。 軍事侵攻以前のことを全く報じないから、いきなりロシア軍が攻撃を始めたということになる。 ロシアが侵攻した目的は、そのわずか数か月後に行われた和平交渉で『ロシアが求めた内容』からも分かる。(その後、英の反対で破談) それは… ①ウクライナがNATOに入らないこと。 ②ロシア語を話す人間を殺さないこと。 たったこれだけ。 ▶①について。 ロシアがNATOと対立している以上、緩衝地が必要。 そもそも欧米は90年代にロシアと約束をしていた。 NATOを東に拡大しないと。 それなのに、今やベラルーシとウクライナを除いて、ほぼNATOになっている。 ちなみに欧米の嘘はこれだけではない。長くなるので触れないが、いくつもある。当時のドイツ・フランス・アメリカのトップが公の場で白状しているから陰謀論ではない。 ▶②について。 ウクライナは親ロシア派住民を虐殺している。 国連の数字だが、2014年から2021年までに、ドンバス地方の住民を約14,000人弾圧・虐殺している。特に有名なのがオデッサ事件。 要するに、ウクライナは正義の国でも何でもない。それどころか世界で最も汚職が進んだ国なのだ。 根拠を1つ。アゾフ大隊。 テレビ朝日は「救国のヒーロー」として取り上げていたが、実際はネオナチ。ロシア系住民を虐殺していた。 ナチスであることは彼らが身に着けている旗や腕章からも分かる。 そもそも日本外務省のホームページも、紛争勃発までテロ組織認定していた。 米国下院も、ナチスだとして武器援助禁止決議をしている。 米政権が変わり、パテルFBI長官はこう言っている。 「ウクライナは、マネーロンダリングと汚職の中心地だ。」 俳優、スティーブン・セガールの言葉 ~ロシアの特別軍事作戦以前、 ウクライナは 人身売買、臓器売買、麻薬密売、児童性売買、生化学兵器研究所、ファシズム、ナチズムで知られていた~ ※『親露』だというレッテル貼りはやめて下さい。今は自分で調べればわかる時代なのですから。 日本外務省のホームページも、紛争勃発までテロ組織認定していた。 続きを読む

日本の『税金管理』は国際的に見てめちゃくちゃ

時事情報

知らなかった… 日本、『税金』管理についても 闇が深いかも… 世界租税支出透明性指数によると、 日本の『税金』管理は、 104か国の中94位という酷さ。 (駒澤大学名誉教授 大山礼子氏) 調査対象国は104か国。 少ないのは租税支出を公開していない国がまだ多くあるから。 とはいえ、その中でも日本は断トツ末尾。 最下位と比較しても10点しか違わないのです。 下記のポイントすべてにおいて、 日本が上位にあるものありません。 ◎一般公開、 ◎制度的枠組み、 ◎方法論と範囲、 ◎租税支出報告書の記述的データ、 ◎租税支出に対する事前・事後の評価 ※この指数は、経済政策評議会(CEP)が作成。 スイスとドイツのシンクタンクが設立した、 財政・金融・貿易政策に焦点を当てた 超党派の研究機関 続きを読む

今の世界はこれで理解できる

時事情報

今の世界はこれで理解できると思う。 ◎リベラルの政治って何か? ・伝統的価値観(国教・伝統・家庭・常識)を壊そう。   ▶同性愛、異常性愛、フリーセックスに寛容。   ▶性別は男と女だけではない、性別は変えられる。   ▶建国の父たちをけなす。   ▶安易な離婚を推奨する。   ▶ 道徳的な文化水準を破壊する 。   ▶ 歴史教育に反対する。   ▶選択的夫婦別姓を推奨。 ・能力ではなく、性別・肌の色・性的志向で選ぶ。 ・結果における平等を保障。 ・税金が高くなる。 ・弱い国防。 ・統制経済がいい。 ・大きな政府を目指す。   ▶言論統制・監視社会・管理社会   ▶マイナンバー制度       VS ◎保守の政治って何か? ・伝統的価値観(国教・伝統・家庭・常識)が大事。   ▶先祖に感謝する。   ▶貞操を守る。   ▶家庭を大事にする。   ▶性別は変えられない。   ▶道徳的な文化水準を高めよう。   ▶安易な離婚に反対する。 ・能力で選ぶ。 ・資本主義・自由経済がいい。 ・税金が安くなる。 ・小さな政府にしよう。 ・各自が自主自立して自分で自分の生活を支える。 ・強い国防。      ▼▼▼上記に追加▼▼▼ ◎グローバリズムって何か? ・国境のない経済が目標。 ・国民の幸せを軽視。 ・人・物・金が自由に動くボーダーレス経済を志向。 ・究極的には世界が一つの経済の市場になればいい。 ・安い労働力として移民推進。        VS ◎反グローバリズムって何か? ・国境を守る。 ・国民の幸せが第一。 ・まず自国の経済を良くすることを考える。   ▶無制限に人物金が入ってこないように、関税   ▶従来の制度を守るために、統制された移民政策 https://youtu.be/2M0RsVl_urA?si=_qBxa-XaZmJwG1Og 続きを読む

論文を絶対視していませんか?

時事情報

本庶 佑 京都大学名誉教授・高等研究院副研究院長・特別教授、京都大学がん免疫総合研究センター初代センター長、静岡県公立大学法人顧問、ふじのくに地域医療支援センター理事長、公益財団法人神戸医療産業都市推進機構理事長、お茶の水女子大学学長特別招聘教授。 受賞歴: ノーベル生理学・医学賞 医師がよく言う『科学的根拠』って何でしょうか? よく『自分達にはエビデンスがある』と言ってきます。エビデンスを神格化しているようにも見えますが、 本当に信頼できるものなのでしょうか? 実際のところ、『科学』という言葉が、情報をコントロールするための『ハッタリワード』として使われることが多々あります。 しかし、『これが科学だ!』『科学を否定するのか!』って言っていたとしても、数年したらコロッと変わっているんです。 科学雑誌の出版物を追跡調査すると、不思議なことに、数年でオリジナルの研究やテスト結果の多くが消えてしまっているのですね。 1.製薬会社は新薬を売る立場 2.政府は検査して認可する立場 3.研究所はエビデンスを明らかにする立場 もしこの3者に癒着があるとしたら? 『目に見えているもの』だけを信じてはいけないようです。 続きを読む

政治家に文句を言った際の、彼らの対応

時事情報

政治家に文句を言った際の、彼らの対応は? ◎堂々としている。 ◎無視をする。 ◎いかなる間違いや失敗も認めない。 ◎嘘を繰り返す。 で、もし嘘がバレても、大したことにはなりません。 気づいた人がいたとしても、彼らはあくまでも少数派。 大衆は『話す内容』なんてたいして気にしていない。 大事なのは、『話す内容』よりも『見た目』なのです。(※注) 堂々としていれば、時間がすべて解決してくれます。 こんなだから、日本人はみんな選挙に行かなくなったのです。 ※注)メラビアンの法則 伝達する情報の中で「話す内容」が占める比率は、たった7%。 続きを読む

ありがとう

時事情報

私は若い多感な時、事故で指を切断。 その後、はからずも精神的に色々なことが出来なくなります。 私は、『あの頃の自分』に会えたら、話したいことがいくつもあります。 例えば、迷いながら選んだ道の、たどり着く場所について。 信じていた人達の正しさと、その過ちについて。 不安に包まれ、怯えた心の闇が、どのようなものであったのかについて。 両親が大地を溶かすほど愛を注いでくれた、この特別の存在である私の 命の重さについて。 ただひたすら、どの方角に向かって生きていけばいいのかについて。 今の私が『あの頃の自分』に聞きたいことの一番は、 精一杯生きているのかどうか。 一番大切なことから逃げていないのかどうか。 本当に恐ろしいのは、燃え尽きることではなく、 それを成し得ぬまま、虚しく、くすぶり続けることなのだから。 最愛の存在を失ったことで、過去最高の自分になっていった私にいえること。 それは、すべての悲しみも痛みも、今日のためにあったのだということ。 今、この瞬間のためにあったのだということ。 私は、『あの頃の自分』に会えたら、話したいことがいくつもあります。 続きを読む

愚かな日本人は、まんまと中国に騙された。

時事情報

https://youtu.be/Gq-EHIlQZ3Q 中国は、習近平に変わるまで、『韜光養晦(とうこうようかい)』という外交戦略を取った。 意味は、「馬鹿なフリをして相手を侮らせ、自分達は陰でせっせと爪を研ぐ」ということ。 孫子の兵法「詭道十四変」にもこうある。 ~下手にでて敵をおごり高ぶらせ、油断させる~ 実は、この中国の戦略には有名な逸話がある。 『韓信の股くぐり』だ。 漢の武将・韓信。 彼がまだ世に出ていない無名の頃の話だ。 町でごろつきに挑発された際、言われるがままその股をくぐった。 当然、臆病者とその場にいた大衆の笑いものになった。 では、韓信は本当に愚か者だったのだろうか? そんなはずがない。 韓信は、その後、国士無双と恐れられる大将軍になったからだ。 この逸話が教えていること。 それは、大望を持つ者は、目先のつまらないことで人と争ったりせず、 一時的な屈辱や苦労に耐え、 将来の目標を達成するために努力すべきだということ。 実は昔の日本人はこの話が大好きで、とても有名だった。 かつて、絶対に勝てないと言われた日露戦争に勝利した東郷平八郎。 彼は、後世の日本人にこう言い遺していた。 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 神明は、ただ平素の鍛錬に努め、 戦わずして勝てる者に勝利の栄冠を授けると同時に 「一勝に満足して治平に安んずる者」より 直ちにこれを奪う。 古人曰く、勝って兜(かぶと)の緒を締めよ。 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ (意訳) 驕って自分の力を過信すると、それまでに築いた富も成功もあっという間に崩れてしまう。 だからこそ、何歳になっても懸命に学び続けなくてはならない。 ▶最近の日本人の間で、  熱心に働くことがまるで罪悪であるかのような風潮がまかり通っている。  『自分の好きなように、好きなことをやっていれば、人生はうまくいく』  『自分を縛るものはドンドン手放そう』   そう教える人間がいるからだ。  この世は因果律が支配している。  結局のところ、努力をしなければ、強いものの食い物になるだけ。  いかなる才能に恵まれていようが、無意味だ。  知って頂きたいのは、  世の中はどうやって弱いものから奪うかを考える人ばかりだということ。  騙せる奴は騙す。  弱い奴からは搾取する   それが世界のスタンダードなのだ。     悪い奴らは天使の顔をして、  あなたを努力させないように仕向ける。  孫子の兵法とは、『いかに戦わずして勝つか』を追求した戦略書なのだ。   念のためいうが、今話をしているのは文化や価値観の違いの一般論。  我々がそれを踏まえて、どう行動を選択するかという話に過ぎない。  文化に優劣をつけるのは、ばかげている。 続きを読む