あしたの準備

労働事件に求められる基本は、白黒はっきりさせることではなく、「玉虫色の解決」。

「公開処刑」を行う意義

昔、「公開処刑」というものがありました。何らかの罪を犯した者を、『他の者への戒め』のために厳しく罰したのです。目的は、『秩序』を守ることです。「一人許すと、私もいいでしょ」ということになり、組織の体制を守れなくなります。

現代における「公開処刑」に相当するものが『懲戒解雇』です。ペナルティとして、『会社内の秩序を著しく乱した労働者』に対して行われるものです。

ただ、『懲戒解雇』はその他の懲戒に比べ、格段に『有効性のハードル』や『紛争リスク』が上がります。後日、「不当解雇」として裁判を起こされるケースが非常に多いのです。裁判所も有効性を厳格に審査します。

まず、『公開処刑』の効能について考えてみます。『他の者への戒めという意味で、罪を犯した者を徹底的に厳しく叩くこと』は、現代において、行う意義があるのでしょうか。

『泣いて馬謖を斬る』という故事があります。三国志の時代、諸葛孔明が具体的に命じた内容に反し、部下である馬謖は『陣』を山の山頂に置き、結果、敵に水路を断たれて惨敗しました。軍規では死罪です。孔明は、を『馬謖について、国の将来を託すことができる有望な人財』と考えていました。大切な人財だったのです。

孔明は悩みましたが、「命令違反に加えて惨敗した大将をそのままにしていたら悪しき前例を生む」と考えました。泣きながら馬謖を斬ったのです。「あの時に許されたんだから」と法律が軽く扱われること恐れたのです。

法の運用は厳格でなければなりません。すべての部下を公平、平等に接する必要があります。例えば、A君とB君が同じように遅刻しているのに、日ごろの勤務態度がまじめなA君は大目に見る。不まじめなB君のみ罰する、ということはあってはならないのです。

現代における「公開処刑」

現代における、「公開処刑」に通じるものが『懲戒解雇』です。労働者にとって、その影響は計り知れません。次に勤務する会社でその旨を申告する必要があるのです。つまり、労働者に一生ついて回り、再就職の際に大きな不利益をもたらします。『懲戒解雇』は、従業員にとっていわば死刑宣告に等しいのです。

具体例で考えます。社内で、権限を濫用して私的な飲食に『接待費』をあてていた人物が判明したとします。刑法上は『詐欺罪』にも該当しうる、非常に悪質なものです。会社は厳然たる措置を講じる必要があります。

では、当人が、反省の情を述べ、被害金額を返還しているような場合や、今まで懲戒処分を受けたことがなく通常の勤務態度も真面目であった人物だった場合、罪を減軽できないのでしょうか。

お話したように、『懲戒解雇』は、解雇された従業員が、後日、「不当解雇」として裁判を起こすことが多いです。ですから、会社としても『懲戒解雇』を行う際、「なぜこのような処罰が行われることになったのか」丁寧に説明することと思います。

人間は感情を持った動物であり、『論理』だけでは動きません。人格があり、家庭があり、将来があります。それなのに社長が一方的に「論理的にこうだから」と言っても、『不満』を覚え、怒りの感情を抱きます。正論であるかどうかは基本的に関係ありません。

実は、日本の『労働法』は、労働者に有利になるように作られています。会社は労働者に『賃金』を支払うかわりに、その代償として『労働力』を買います。つまり、『力関係』では会社が有利です。だから、法律で労働者を保護しているのです。

そうであるなら、『懲戒解雇』になった労働者としては、とりあえず『裁判』を起こすというのも、一つの選択。労働者に有利に作られた法律に賭けてみるのです。ダメで元々です。すでに労働者側には失うものがありません。『どん底』ですから、あとは上がるだけなのです。

逆に、紛争化して、『不利』なのは社長のほうです。会社は「裁判で勝っても、現状維持」。いくら時間とお金をかけても、そこから生まれてくるものは何もありません。

これが、『懲戒解雇』が、その他の懲戒に比べ、格段に『紛争リスク』が上がる理由です。

さらに言えば、『客観的証拠』が揃わない場合は『懲戒解雇』を行うべきではありません。証拠が不十分なまま無理に行った場合、訴訟になれば、その処分が無効となる可能性があるからです。

『歩み寄りによる話し合い』での解決にこだわる

労働事件に求められる基本スタンスは、「裁判に頼らない解決」です。私は、できるだけ『歩み寄りによる話し合い』での解決にこだわるべきだと考えています。そのほうが速いし、コストもかからない。なにより『柔軟な解決』を実現できます。

もし紛争化し、『裁判外紛争解決手続』の一つである「あっせん」が行われることになったのなら、応じるのも一考です。なぜなら、次の段階は裁判だからです。「あっせん」とは、「話合いで、お互いに合意するもの」。裁判のように、「勝ち負けを決めるためのもの」ではありません。

人間関係で大事なのは「相手の顔を立てる」姿勢です。人間は感情を持った動物であり、論理だけでは動きません。話し合いの目的は、相手を『論破』することではなく、『納得』させ、行動させることではないでしょうか。そのためには『相手の情』への配慮が欠かせません。

『労働事件でもめにくい会社』の社長は、『自分の要求』を主張しながらも、『相手』の顔をつぶさないように細心の注意を払っています。社員の『問題点』を指摘するときも、『欠点』だけでなく、『相手の評価できる点』も必ず指摘しています。「自分が正しくて相手が間違っている。一歩も譲れない」では、こじれるだけで、問題の解決になりません。

考えてみて下さい。そもそもなぜ『懲戒解雇』を行うのでしょうか。究極的には、『組織全体の幸せ』のために行うのだと思います。

そうであるなら、重ねて言います。公開処刑は避けた方がいい。『会社の秩序を護るために、他の者への戒めという意味で、罪を犯した者を徹底的に叩く』やり方は、過去はともかく、現代においては問題が拡大するだけ。大抵の場合、誰の幸せにもつながりません。

本当に必要なのは『みせしめ』ではありません。『社員とのコミュニケーション術』ではないでしょうか。

『勝つこと』を目指すのではなく、『間題をできるだけスムーズに解決すること』を目指す。方法はどうであれ、解決すればいいのです。

日本には、古くから「和をもって貴しとなす」という価値観があります。「白黒はっきりさせること」よりも、「玉虫色の解決」を目指す方が最良。これが『労働事件に求められる基本』です。

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