従業員に不満を言われないために制度を増やし続けた結末

ある会社の社長は、従業員を大切にしたいと本気で考えていました。

「せっかく働いてくれるのだから、できるだけ良い会社にしたい」

残業を減らしました。

休暇も取りやすくしました。

福利厚生も少しずつ充実させました。

すると、別の要望が出てきました。

「住宅手当はないんですか?」

対応すると、今度は、

「昼食補助がある会社もありますよ」

さらに、

「年間休日がもっと多い会社もあります」

「在宅勤務はできないんですか?」

「有給休暇とは別に特別休暇がほしいです」

社長はできる限り応えていきました。

ところが――

従業員から不満がなくなることはありませんでした。

ある日、こんな声まで聞こえてきます。

「これだけ働いて、この給料じゃ安いよね」

社長は愕然としました。

「残業も減らした。休みも増やした。福利厚生も増やした。それでもダメなのか?」

そして、いつしか会社の会議では、

「会社として何をすべきか」ではなく、
「社員から文句を言われないために何をするか」

が基準になっていました。

もちろん、法律を守らない。

長時間労働を放置する。

残業代を払わない。

ハラスメントを放置する。

安全に配慮しない。

こうした問題があれば、会社は改善しなければなりません。

しかし一方で、

「自分にとって不満がある会社=ブラック企業」

という意味で使われてしまうこともあります。

「休みが少ないからブラック」

「給料が安いからブラック」

「上司が厳しいからブラック」

「希望する福利厚生がないからブラック」

しかし、従業員によって「良い会社」の尺度は違います。

給与を重視する人。

休日を重視する人。

仕事の面白さを重視する人。

成長できる環境を求める人。

楽に働けることを求める人。

全員の「理想の会社」を同時に実現することはできません。

従業員の要望に応え続ければ、満足度は上がるのか?

ここが経営者にとって重要なポイントです。

福利厚生を充実させること自体は、決して悪いことではありません。

問題は、

「不満を言われないため」に制度を増やし続けることです。

会社のお金には限りがあります。

給与を上げる。

休日を増やす。

人員を増やす。

福利厚生を増やす。

労働時間を短くする。

すべてにはコストがあります。

その原資を生み出しているのは、会社の事業です。

会社が利益を出せなくなれば、最終的には給与も雇用も守れません。

だから経営には、

「社員が望んでいるか」だけではなく、
「会社として持続可能なのか」

という視点が必要です。

会社が従業員に提供するものばかりが議論されると、

いつの間にか、

「会社は従業員に何をしてくれるのか」

だけの関係になってしまいます。

しかし労働契約は、本来一方通行ではありません。

会社は、

給与を支払い、

安全な職場を整え、

法律を守り、

働く環境を提供する。

一方、従業員には、

会社から求められた仕事を適切に行い、組織の一員として役割を果たすこと

が求められます。

会社が考えるべきなのは、

「社員に何を与えれば文句を言われなくなるか」ではありません。

「会社は社員に何を約束し、その代わりに何を期待するのか」

を明確にすることです。

「社員満足」を経営目的にしない

従業員を大切にすることと、

従業員の顔色を窺うことは違います。

意見は聞く。

合理的な要望なら検討する。

改善すべきことは改善する。

しかし、最終的な判断基準は、

「不満が出るかどうか」ではなく、「会社として正しいか」

です。


「会社が社員に提供するもの」と「社員に求めるもの」をセットにする

たとえば会社が、

「給与を上げたい」

と考えるのであれば、

同時に、

「そのためには生産性を上げる必要がある」

という話もします。

福利厚生を充実させるのであれば、

「会社として皆さんを大切にしたい。その一方で、皆さんにも○○という役割を期待しています」

と伝えます。

権利だけでも、義務だけでもない。

双方の役割を明確にすることが重要です。

「できない理由」を説明できる

従業員から、

「もっと休日を増やしてほしい」

と言われたとします。

できるなら実施すればよいでしょう。

できなければ、

「できません」でも構いません。

ただし、

「なぜできないのか」

「会社として何を優先しているのか」

「将来的にどうしたいのか」

を説明する。

従業員を大切にする会社とは、

何でも要求を受け入れる会社ではなく、判断の理由を誠実に説明できる会社

ではないでしょうか。

残業が少ない。

休日が多い。

福利厚生が充実している。

給与が高い。

もちろん、どれも魅力的です。

しかし、それだけで良い会社になるわけではありません。

会社が従業員の顔色ばかり窺うようになれば、

注意すべきことを注意できない。

求めるべき成果を求められない。

問題行動にも毅然と対応できない。

そして最後には、

真面目に働いている従業員ほど不公平感を持つ会社

になる可能性があります。

「ブラック企業」という言葉に振り回されるより、

「私たちは、どんな会社をつくりたいのか」

経営者自身がその答えを持つことの方が、ずっと大切なのかもしれません。