
「ありがとうございました」その一言が、一番こたえました
ある会社を営むSSさんは、長年苦楽を共にしてきた社員TTさんの処遇について、眠れない夜を何日も過ごしていました。
主要取引先の撤退により、会社の売上は大きく落ち込んでいました。この状況を乗り越えるには、組織のスリム化が避けられません。
候補として名前が挙がったのは、勤続15年、誰よりも会社に尽くしてきたTTさんでした。年齢的に、再就職も簡単ではないだろうことは、SSさんにも容易に想像がつきました。
「TTさんを切り捨てて、この会社を守る資格が、自分にあるのだろうか」
その問いは、答えの出ないまま、何度もSSさんの頭の中を巡りました。残る社員たちの雇用を守るためには、決断を先延ばしにできない。しかし、決断すれば、間違いなく一人の人生に深い影響を与えてしまう。どちらを選んでも、何かを裏切ることになる。そんな感覚に、SSさんは押しつぶされそうになっていました。
ついに決断の日、SSさんは、この話を人事担当者に任せることをしませんでした。自分の言葉で、直接TTさんに伝えると決めていました。事情を包み隠さず話し、退職金には規定以上の上乗せをし、再就職先の紹介にも、できる限り力を尽くすと約束しました。
TTさんは、しばらく沈黙した後、静かにこう言いました。
「長い間、お世話になりました。ありがとうございました」
その言葉は、SSさんの想像していたどんな反応よりも、深く胸に刺さりました。恨み言をぶつけられた方が、まだ楽だったかもしれません。誠実に受け止めてくれたことが、かえってSSさんに、自分の決断の重みを、まざまざと突きつけてきたのです。
その夜、SSさんは初めて、経営者仲間にこの胸の内を打ち明けました。「正しい決断だったはずなのに、少しも楽になれない」と。返ってきたのは、こんな言葉でした。
「楽になる必要は、ないんじゃないですか。苦しさを抱えたまま、次の決断にも向き合えることの方が、よほど大事だと思います」
対策として押さえておきたい点は、次の通りです。
まず、決断の必要性と、本人の価値を切り離して考えることです。会社を守るための決断であっても、それは相手の存在や努力を否定するものではありません。ここを混同すると、罪悪感だけが際限なく膨らんでいきます。
次に、避けられない決断であるほど、伝え方に最大限の誠意を尽くすことです。人任せにせず、自分の言葉で伝え、できる限りの支援を用意する。この過程を丁寧に踏むことが、本人の尊厳を守り、自分自身の心の整理にもつながります。
そして、苦しさを一人で抱え込まないことです。経営者は孤独になりやすい立場ですが、信頼できる相手に胸の内を話すことで、判断力を保ち続けることができます。
最後に、痛みを感じなくなることを目指さないことです。決断に伴う苦しさを感じ続けられることは、経営者として鈍くなっていない証でもあります。むしろ、その痛みを避けようとして必要な決断を先送りにすることの方が、結果的に、より多くの人を傷つけることになりかねません。
会社を守る決断が、人を傷つけることは、時に避けられません。問われているのは、傷つけないで済む方法ではなく、傷つけてしまった重みを、どう引き受け続けるか、その姿勢だと思います。