「正直者が馬鹿を見る会社」

ある会社に、AさんとBさんという二人の従業員がいました。

Aさんは真面目な社員です。

仕事でミスをすると、

すぐ上司に報告します。

「すみません。私の確認不足でした」

忙しい同僚がいれば手伝います。

お客様からクレームがあれば、

自分の責任でなくても一緒に対応します。

会社のルールも守ります。

一方、Bさんは少し違いました。

ミスをすると、

「それ、私がやったんでしたっけ?」

うまく他人の責任にします。

面倒な仕事を頼まれると、

「今ちょっと手いっぱいなので」

と言って避けます。

誰かが困っていても、

自分の仕事でなければ手を出しません。

しかし、成果が出たときだけは違います。

「この件、私もかなり動きました」

と上司にしっかりアピールします。

人事評価の時期になりました。

上司の印象はこうでした。

Aさんについては、

「真面目なんだけど、ちょっとミスが多いんだよな」

Bさんについては、

「大きな問題も起こさないし、結果も出している」

評価されたのはBさんでした。

Aさんは納得できません。

なぜなら、Bさんにもミスはあります。

ただ、報告していないだけだったからです。

Aさんがミスを正直に報告する。

→ 記録に残る。

Bさんは黙って処理する。

→ 問題がなかったことになる。

Aさんが困っている人を助ける。

→ 自分の仕事が遅れる。

Bさんは手伝わない。

→ 自分の仕事だけは早く終わる。

Aさんは面倒な仕事も引き受ける。

→ トラブルに遭遇する機会も増える。

Bさんはリスクの高い仕事を避ける。

→ 失敗が少なく見える。

そして会社は、目に見える「結果」だけで二人を評価していました。

ある日、Aさんが小さなミスに気づきました。

以前なら、すぐ上司に報告していたでしょう。

しかし、その日は手が止まりました。

そして思いました。

「正直に言ったら、また自分の評価が下がるだけじゃないか」

Aさんは黙って修正しました。

次に同僚から、

「ちょっと手伝ってもらえない?」

と頼まれたときも、

「ごめん。今忙しいから」

と断りました。

Aさんが悪い社員になったのでしょうか。

必ずしもそうではありません。

会社の中で「良い行動をすると損をする」と学習してしまったのです。

本当に怖いのは「悪い社員」ではない

この状態を放置すると、

会社全体に一つのメッセージが広がります。

正直に報告するな。
面倒な仕事は引き受けるな。
他人を助けるな。
失敗は隠せ。
成果だけは自分のものとしてアピールしろ。

会社がそんな方針を掲げていなくても、

評価のされ方によって社員はそう学習します。

すると最初から問題のある社員だけでなく、

真面目だった社員まで行動を変えていきます。

これが「正直者が馬鹿を見る会社」の怖さです。

解決策は、

単純にAさんを褒め、

Bさんを叱ることではありません。

評価の仕組みそのものを見直します。

たとえば、ミスの「件数」だけを見るのではなく、

ミスを隠したのか、速やかに報告したのか。
原因を分析したのか。
再発防止まで行ったのか。

まで見ます。

同じように、個人の売上や処理件数だけでなく、

困難な仕事を引き受けた、

同僚を支援した、

情報を共有した、

後輩を育成した、

問題を早期に報告した

といった、組織への貢献も評価します。

反対に、

責任転嫁、

問題の隠蔽、

情報の独占、

仕事の押し付け、

成果の横取り

によって数字だけを作る行為は、

高評価につながらないようにします。

ただし、「良い人」を評価する制度にはしない

ここは重要です。

「みんなに親切だから高評価」

では、人事評価が主観的になります。

見るべきなのは人格ではなく、仕事上の具体的な行動です。

たとえば、

「協調性がある」

ではなく、

「繁忙時にチームの業務を支援した」

「誠実である」

ではなく、

「問題発生後○分以内に上司へ報告した」

というように、できるだけ観察可能な行動に落とします。

会社には、経営者が作った就業規則とは別に、

社員が日々の経験から学んでいく「見えないルール」

があります。

「正直に言うと怒られる」

「仕事を引き受ける人ほど仕事が増える」

「責任を取らない人の方が出世する」

「他人を助けるより、自分だけ成果を出した方が評価される」

そんな経験が積み重なれば、

どれだけ立派な経営理念を掲げても社員は信じなくなります。

だからこそ、

良いことをした人が、損をしない。
悪いことをした人が、得をしない。

これは単なる道徳論ではありません。

会社がどんな行動を増やしたいのかを、

評価と日々の対応によって社員に示すという組織設計の問題です。

そして究極的には、

「この会社では、真面目にやった方が得だ」

と社員が経験を通じて感じられる会社にする。

それができれば、

問題社員を一人ずつ取り締まる以上に、

問題行動そのものが生まれにくい職場に近づいていくと思います。