
「それ、違いますよ」
ある会社で、納品をめぐるトラブルが起きました。
担当者のAさんが言います。
「先方から聞いていた納期は金曜日です。だから、このスケジュールで進めました」
すると上司は、強い口調で言いました。
「そんなはずないだろ。水曜日って言ってたじゃないか」
Aさんは説明します。
「いえ、途中で先方から変更のメールが来ています。私からもその内容を報告しています」
ところが上司は確認しません。
「また人のせいにするのか?」
「だから君は信用できないんだよ」
Aさんは困って言いました。
「メールを見てもらえませんか。過去のチャットにも残っています」
しかし上司は、
「そんなものを見なくても分かる」
と言って取り合いません。
そして最後には、
「言い訳ばかりする君の姿勢が問題なんだ」
とAさんを批判しました。
ところが、事実は数分で確認できた
その場にいた別の社員が、念のため過去のメールを確認しました。
そこには明確に、
「納期を金曜日へ変更してください」
という取引先からの連絡が残っていました。
さらに社内チャットを確認すると、Aさんはその日のうちに上司へ報告していました。
つまり、
少し調べれば、すぐに分かることだったのです。
問題は、上司が間違えたことではありません。
人間ですから、記憶違いは誰にでもあります。
本当の問題は、
確認できる証拠があるのに確認しなかったこと。
そして、
相手の説明を聞かないまま、自分の記憶を「事実」として相手を批判したことでした。
なぜ、このタイプの問題は厄介なのか
意見が違うだけなら、話し合うことができます。
しかし、
「自分が正しい」という結論を先に決め、その結論に合わない情報を受け入れない
となると、話し合いそのものが成立しにくくなります。
「メールを確認してください」と言われても、
「見る必要はない」「あなたが言い訳しているだけだ」となってしまう。
すると、いつの間にか、
「何が事実だったのか」という問題が、
「どちらの人間性に問題があるのか」という争いに変わってしまいます。
さらに怖いのは、間違った人が「自信満々」に見えること
声が大きい。
言い切る。
相手の説明を遮る。
「絶対そうだった」と断言する。
こうした態度は、一見すると自信があるように見えます。
しかし、
自信の強さと、事実の正しさは別です。
会社で重要なのは、
「誰が強く主張したか」ではありません。
「何が確認できたか」です。
解決のヒント① 「記憶」と「事実」を分ける
こんなとき、「あなたが間違っています」と正面からぶつかると、
さらに感情的になることがあります。
そこで、
「どちらが正しいかを争う前に、記録を確認しましょう」と事実確認へ戻します。
メール。
チャット。
日報。
勤怠記録。
契約書。
議事録。
防犯カメラ。
業務システムの履歴。
確認できるものがあるなら、
人の記憶より記録を優先する。
これを会社の共通ルールにします。
解決のヒント② 相手の説明を一度最後まで聞く
「それは違う」と思っても、すぐに遮らない。
まず、
「あなたは、どういう事実を根拠にそう考えているのですか?」と聞きます。
相手の説明を聞いたからといって、
相手の主張を認めたことにはなりません。
「聞くこと」と「同意すること」は別です。
相手の話を聞いたうえで証拠を確認し、会社として判断すればよいのです。
解決のヒント③ 間違ったことより「訂正できないこと」を問題にする
誰でも判断を間違えることはあります。
優秀な人でも記憶違いをします。
だから会社として本当に大切なのは、
「間違えない人」をつくることではありません。
事実が判明したとき、
「そうだったのか。私の認識が違っていた」
と修正できる人を増やすことです。
反対に、
証拠を示されても、
「でも、そもそも君の態度が悪い」などと論点を変え、
自分の誤りを認めない状態が続けば、組織では別の問題になります。
解決のヒント④ 管理職ほど「事実確認」を習慣にする
特に怖いのは、このタイプの判断をする人が管理職だった場合です。
評価。
注意指導。
懲戒。
配置転換。
ハラスメント相談。
従業員間のトラブル。
こうした場面で、
「俺には分かる」
「以前からそういう奴だった」
「どうせ言い訳だろう」
という思い込みで判断すると、会社の判断そのものを誤らせます。
管理職に必要なのは、
人を見る目だけではなく、自分の判断が間違っている可能性を検証する力です。
会社に必要なのは「正しい人」ではなく「事実に戻れる人」
意見が対立することはあります。
記憶違いもあります。
勘違いもあります。
それ自体は、大きな問題ではありません。
危険なのは、
調べれば事実が分かるのに調べない。
相手の説明を聞かない。
自分の思い込みを事実として扱う。
そして、間違っている相手を批判する。
という状態です。
強い組織とは、
「誰が正しいか」を争い続ける組織ではありません。
意見が対立したときに、
「では、事実を確認しましょう」
と全員が同じ場所へ戻れる組織です。
思い込みで人を裁く前に、記録を見る。
それだけで防げる職場トラブルは、意外に多いのではないでしょうか。
