決めた労働条件を守れない場合 |
『約束』について |
そもそも、『労働条件』というものは、どういうものなのでしょうか?
『労働条件』が決まるタイミング
▶入社時。 ※内容は労働契約書に書かれている。通常、そこには労働者と会社の双方の「合意」がある。 |
変更にあたっても、合意が必要です。労働基準法、労働契約法を中心とする法令が規制し、労働協約と就業規則が規律するという多重構造になっています。
ですが、世の中に変わらないものがあるでしょうか。
会社を取り巻く環境も、刻々と変化しています。例えば、新型コロナウイルスです。8月3日、関連倒産が全国400件に達し、今後、益々増えることが予測されています。「『入社時の労働条件』を維持できないような状況は絶対に来ない」と言い切れる会社が、今の時代、どのくらいあるでしょうか。
道徳のジレンマ |
ここで生まれるのが、いわゆる『多数を救うための少数の犠牲は許されるか』という、『道徳のジレンマ』です。
こんなたとえ話です。
『道徳のジレンマ』
線路上をトロッコ電車が暴走しています。そのまま進むと5人の作業員が確実に死ぬ。そのような状況の中、貴方は線路の分岐点に立っていて、ポイント(分岐点)を切り替えることができる場所にいます。実は、これは究極の決断です。5人を救うためにポイント(分岐点)を切り替えると、1人の作業員が確実に死ぬからです。 |
要するに、『何もせずに5人を見殺しにして1人を救うか、1人を犠牲にして5人を救うか』という決断を貴方は迫られているということです。
『賃金低下につながる労働条件の不利益変更』であれば、従業員の立場としては、簡単に合意するはずがありません。ですが、もし労働条件の見直しをしなければ、会社が倒産するという状況だとしたらどうでしょう。『会社が倒産して賃金がゼロになるくらいなら、多少の賃金カットは我慢するという人』がいるかもしれません。
法律の立場 |
一応、法律としては、すでに『こうした究極の状況』にも対応できる構造になっています。『労働者の労働条件を悪く変更する方法』が労働契約法に書かれているのです。それをこれからご説明します。
具体的には、以下の3つの方法です。
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順にご説明いたします。
- 新たな労働協約の締結(労働組合の合意を得る)
社内に労働組合がある場合、その労働組合の合意を得ることができれば、組合員である従業員の合意を得たことになります。
ただ、今回の動画ではこの方法については割愛させていただきます。中小企業にお勤めの方がほとんどだと考えるからです。労働組合があるのは、大企業くらい。推定組織率は16.7%と言われ、非常に低いです。
- 労働者の個別同意(従業員の合意を得る)
すべての従業員に、『労働条件の変更』について説明した上で、『個別に合意を得る方法』です。
問題になるのは、得られた同意が『法的に認められる合意』かどうかということです。
『個別的合意』の場合、無効や取消を主張されるリスクが高いです。
例えば、同意が「錯誤(民法95条)」によるもので無効だとか、詐欺、脅迫によるものだと労働者から主張されないようにしなくてはいけません。
錯誤という言葉は少し難しいかもしれません。簡単に言えば、『勘違い』です。
錯誤の例
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ですから、労働者から同意を得る場合は、必ず「正確な情報提供」を行った上で、「自由意思」で同意してもらうようにしなくてはいけません。ましてや、『黙示で同意を得ようとする』のは、やめた方がいいです。
「黙っていたのは、同意したということだ」というような主張は認められないことが多いのです。
決めた労働条件を維持できない場合 |
- 就業規則の不利益変更
『就業規則』とは、賃金や労働時間などの労働条件に関すること、職場内の規律などについて定めた、『職場における規則集』です。この作成に当たって、基本的に「労働者から同意」をもらう必要ありません。
問題は、「一度決めた労働条件」を労働者側に不利に変更する場合です。
労働契約法では、『労働条件の不利益変更』を禁止しています。「約束は守れ」ということです。ただ、あくまでもそれは原則です。一定の条件が揃えば変更を認めています。その条件とは、『周知』と『合理性』です。
『周知』とは
『就業規則』を常時作業場の見やすい場所に備え付けること。 『就業規則』を「労働者に交付する」などの方法をとること。 |
ですが、『合理性』という単語は、つかみどころのない、抽象的な言葉だと思います。なので、労働契約法第10条で、具体的に説明しています。
要するに『判例法理と同じ要素で判断する』ということです。実は、『労働条件の不利益変更をめぐる裁判』は過去にたくさん起こっていて、裁判例が充実しているのです。
善悪の決め方 |
裁判では、『合理性』があるかどうかを、次の判断基準に基づいて判断しています。
『労働条件の不利益変更』、有効性の判断基準
(1)労働者の受ける不利益の程度、 (2)労働条件の変更の必要性、 (3)変更後の就業規則の内容の相当性、 (4)労働組合等との交渉の状況、 (5)その他の事情 ・・・・これらを総合的に考慮して判断する。 |
繰り返しになりますが、労働条件の変更には『合理性』が必要です。そして『合理性』の有無はこの判断基準に基づいて決まります。
要するに、『変更によって労働者が受ける不利益』と『変更を必要とする会社の利益』を天秤にかけるということです。
『会社の利益』のほうが大きければ合理性があるということ、『労働者の不利益』のほうが大きければ合理性がないということです。
但し、労働条件と一言で言っても様々です。ですから『合理性』の尺度は、その『労働条件の重要度』によって変わってきます。
例えば、『賃金』や『労働時間』、その中でも『基本給』については、重要な労働条件とされています。つまり、『労働者の不利益性の程度』は極めて大きいとされているのです。
そうなると、その変更に合理性が認められるためには、会社側に『極めて高度の(不利益変更の)必要性』と、『その必要性に則った内容の相当性』が求められるということです。
いわゆる『代償の法則』をイメージするとわかりやすいと思います。
『代償の法則』
何か価値あるものを手にしたいのであれば、それと同等か、それ以上の価値のあるものを差し出す必要がある。 |
『変更を必要とする会社の利益(必要性と内容の相当性)』のほうが大きいのであれば、「合理性」が肯定される可能性も大きくなります。
・・つまり、「その変更によって受ける労働者の不利益」を何らかの方法で緩和することができれば、合理性は肯定されやすくなります。
変更による不利益を緩和する方法 |
「変更による不利益を緩和する方法」は、主に2つです。
変更による不利益を緩和する方法
・不利益部分の補填 ・経過措置の設定・・・ |
両者を組み合わせても、片方だけでも構いません。この緩和をどの程度するかは、まさに『労働者の不利益の大きさ』と『変更の必要性』の大きさの比較で見極めます。
国も『不利益変更』を行ったことがある |
実は、国も、過去に同様の方法で『不利益変更』を行ったことがあります。年金の支給開始年齢の引き上げです。
もともと年金は60歳からもらえるようにできていました。ですが、国は様々な理由から、その年齢を65歳に引き上げました。対象となる国民としては、面白いはずがありません。そこで国は、国民に譲歩してもらえるように、主に2つの対策を行いました。
1つ目は、『経過措置』です。つまり、一気に変更を行うのではなく、実施までに暫く時間を置いたのです。(段階的な不利益変更の実施)ということです。
2つ目は、『不利益部分の補填』です。つまり、『第3号被保険者』の登場です。要するに『年金制度における被扶養者』の設定です。配偶者は、追加の保険料負担なしで将来の給付が補償されたのです。
リスクに対する姿勢 |
いずれにしても、これですべての国民の納得を得たとは言えません。
ですから、会社が『労働条件の不利益変更』を行う際も、『労働者全員の理解』は得られないことも覚悟しなくてはいけないかもしれません。
ですが、これだけは言えます。「労働者の同意を得ることができないままに一方的に不利益な変更をする」と、これに反発した労働者が、会社に反旗をひるがえして労働紛争となったり、仕事に対するやる気を失ってしまう可能性があるということです。
更に、「一方的に不利益な労働条件を押し付けたこと」により、会社のイメージが悪くなったり、ブラック企業との悪評を受けたりすることも考えられます。
最後に |
約束を守る人は、信頼され、尊敬されます。こうした信頼関係を作るには長い時間が必要です。
ですが、いったん壊すと修復には、ものすごい時間が必要です。『労働条件の不利益変更』の問題は、要するに、こうした『人として当たり前のこと』が問われる問題だということです。
経営者の方のお立場としてもとてもお辛いと思います。『労働条件の不利益変更』が必要な時には、やはり専門家のサポートのもとに行うことをお勧めいたします。
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