
私は若い多感な時、事故で指を切断。
その後、はからずも精神的に色々なことが出来なくなります。
私は、『あの頃の自分』に会えたら、話したいことがいくつもあります。
例えば、迷いながら選んだ道の、たどり着く場所について。
信じていた人達の正しさと、その過ちについて。
不安に包まれ、怯えた心の闇が、どのようなものであったのかについて。
両親が大地を溶かすほど愛を注いでくれた、この特別の存在である私の
命の重さについて。
ただひたすら、どの方角に向かって生きていけばいいのかについて。
今の私が『あの頃の自分』に聞きたいことの一番は、
精一杯生きているのかどうか。
一番大切なことから逃げていないのかどうか。
本当に恐ろしいのは、燃え尽きることではなく、
それを成し得ぬまま、虚しく、くすぶり続けることなのだから。
最愛の存在を失ったことで、過去最高の自分になっていった私にいえること。
それは、すべての悲しみも痛みも、今日のためにあったのだということ。
今、この瞬間のためにあったのだということ。
私は、『あの頃の自分』に会えたら、話したいことがいくつもあります。